speranza

デジモンタケヒカ二次小説
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cup The Phantom of the Opera 9

2018.06.23 Sat

 音楽のための部屋の隣にベッドが一つ置かれただけの小部屋がある。
 夜の闇の中、掻き乱す指の動きにあわせ、快楽に溺れるヒカリの声が小部屋中に響いていた。
 その声は耳に甘く響き脳の奥まで痺れさせ、タケルを人から獣へと変貌させる。欲望のまま汗ばむヒカリの首筋に噛みつき味わうと、ヒカリは悩ましげに声をあげた。

「天使様……」

 顎をあげキスをねだるヒカリをたっぷりと視線でねぶり、悲しそうに口の端を下げたタイミングで唇を重ねると、待ちわびたようにヒカリの唇は何度も動きタケルの唇を食む。
 懸命に舌を伸ばしタケルを求めるヒカリに、タケルは薄く笑いあえて緩慢に舌を動かしヒカリを弄んだ。

「もっと……」

 今タケルが与えている刺激では足りないのか、涙声でもっとと求める。涙に濡れる瞳をみれないのが残念だと今更ながらに思い、タケルは不満を露わにした。
 その表情をヒカリが見ることはない。タケルがオペラ座の怪人に扮しヒカリをさらった二度目の日、ヒカリはタケルにキスを求めた。愛する人とキスをしたいという当たり前の欲求にタケルは応えキスをすると、身に着けている仮面がささやかに二人の邪魔をする。
 外してほしいと願うヒカリに、タケルは一つ条件をつけた。それは、ヒカリが目隠しをすること。自分の素顔を見せるのは、永遠の別れのときだけと告げるとヒカリはしぶしぶ従った。
 加えて、ヒカリの手が勝手に動いて目隠しを外さないようにタケルはヒカリの手首を柔らかい布でしばり、更にベッドにくくりつけて自由を奪っていた。
 何ひとつ彼女の尊厳を守ってはいない。酷い男だと自分で思う。それでも愛する人と体を重ねる喜びと快楽を知ってしまった今、本能に逆らうことなど出来なかった。
 ヒカリはこんな酷い自分に何度も愛を告げ求めてくれる。彼女の要求に応えてキスをすれば嬉しそうに舌を動かし全身で愛情表現をしてくれるのが愛おしいと思う反面、心には暗い影を落としていった。
 もし、いま彼女の目隠しを外し、目の前の男が幼馴染のタケルだと知ったら彼女はどう思うのだろう。罵るだろうか。泣き叫ぶだろうか。
 妄想の中ではヒカリは大いに喜びタケルに抱きつくが、それが現実になるとは思えない。タケルとは全く違う男と思っているからこんなにも愛してくれるのだろうと根拠もなく信じていた。
 ヒカリに愛される喜びに浸れば浸るほど、正体を明かして彼女の愛を失うことへの恐怖は増し、毎日のようにヒカリをオペラ座の裏へ連れ去っているのにも関わらず、侯爵家のタケル・イシダという表の顔では初日公演以来オペラ座を訪れてはいなかった。
 
 この日もタケルはオペラ座の怪人として2階席5番ボックスでヒカリの歌声を堪能し、彼女の楽屋の鏡裏で終演後のヒカリの様子を盗み見ていた。
 いつものように代わるがわる訪れる来客に対応しつつ、チラチラとこちらを伺う様子が可愛い。
 ヒカリはもうこの大きな姿見がマジックミラー兼隠し扉になっており、タケルがその裏で見守っていることを知っている。
 来客が途絶えるたびに姿見へと駆け寄ろうとして、ノックの音が聞こえて戻ることを繰り返し、ようやく二人の時間が訪れると思った瞬間、最後の来客が訪れた。ドアの向こうから聞こえる声には覚えがあり、タケルの顔は一気に険しいものへと変わった。

「ダイスケくん……」

 ヒカリもまた音楽の天使との時間を邪魔する来訪者に小さく眉をしかめる。鏡の表からも裏からも歓迎されていないことには微塵も気づかず、ダイスケは気さくに楽屋へと足を踏み入れた。

「ヒカリちゃん、今日もお疲れ様! 明日はいよいよ千秋楽だね!」
「えぇ、そうね」

 無理やりに作った不自然な笑みも、ダイスケには満面の笑みに見えているのか頬を赤らめる。早く帰ってほしいとヒカリのそっけない対応もダイスケには反対の意味に感じるのか、そんなに照れなくてもと意味不明に呟いた。

「何か用?」

 一刻でも早くダイスケを追い出したくて、ヒカリはさっさと用件を聞きだそうとする。ダイスケはもじもじと照れるばかりでなかなか本題を切り出さない。音楽の天使との逢瀬を邪魔するダイスケの存在にいらだちを隠せなくなってきたころ、ようやくダイスケが話し出した。

「ヒカリちゃんが俺のことそんなに好きだなんて知らなかったよ」
「え?」

 ダイスケが何を言っているのか、本気で意味が分からずヒカリは困惑する。鏡の裏ではタケルの目がどんどんと鋭くなっていく。ダイスケは自分の世界に入ってしまっているようで、この空間の中で異物となっていることに気づく様子もなく言葉を続けた。

「俺があげた薔薇、毎日大切に楽屋に飾ってくれてありがとう」

 ヒカリとタケルが同時にこの楽屋で一番ヒカリの目に入る場所に大切に置かれている薔薇を見る。あれはダイスケがヒカリに渡した薔薇などではない。毎朝一輪ずつヒカリに贈られる音楽の天使からの薔薇……
 初日にダイスケから薔薇の花束をもらったことなどすっかり忘れていたヒカリは、ダイスケが大きな勘違いをしていることに気づき身震いをした。

「初日にデートに誘ったとき、ヒカリちゃん楽屋にいなくて断られちゃったと思ったけど、照れてただけだったんだね!」

 どこまでも自分に都合よくポジティブなダイスケに何も言葉が出てこず、ヒカリが無言で首を左右に振って否定の意を示してもダイスケの目には入らないようで効果がない。
 姿見の奥にいるはずの音楽の天使に助けを求めても彼が表に出てこれるはずはなく、ヒカリは自然を装いダイスケから離れ手近にある瓶を手に持ち背に隠した。

「明日、この前の三ツ星レストラン予約したから今度こそ連れてくよ。終わったら着替えて待っててね!」

 適当に返事をして納得して帰ってもらえなければ実力行使しかないと感じ、ヒカリがダイスケの言葉に小さく頷くと、ダイスケは満足したように破顔しようやく楽屋から出て行ってくれた。
 嵐が過ぎ去ったことに安堵してヒカリはへなへなとその場に座り込む。鏡の裏ではタケルが無表情に立ち尽くしていた。
 怒りで血の気が引き、腹の底はぐらぐらと煮えたぎっているのに頭は妙に冷静で周囲の音が大きく響く。
 ヒカリの心と体を手に入れても、影の姿ではヒカリを助けに出ることもできなければ、邪魔な男が近寄らないように防波堤となることすらできない。
 自分はただの影なのだとようやく実感して、タケルはくつくつと笑った。ただただ自分の滑稽さに笑いがとまらなかった。
 ひととおり笑うと、タケルは愉悦浸りきったかのように恍惚とした表情を浮かべる。

「なんだ。“僕”でヒカリちゃんを手に入れればよかったんだ……」

 姿見の前で音楽の天使を待つヒカリに、タケルは鏡越しにキスをした。どこまでも愉快だった。



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