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デジモンタケヒカ二次小説
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cup The Phantom of the Opera 8

2018.06.23 Sat

 目を覚ますと、そこはよく見知ったヒカリの部屋だった。
 ヒカリの愛する音楽の天使が傍らにいるのではないかと部屋の中をいくら見回しても、いつもと変わらない光景が広がるだけ。
 音楽の天使が目の前にあらわれ、彼の住処へとヒカリを連れ去ってくれたのは夢の中の話だったのだろうか。
 下腹部にじんと広がる痛みが彼の優しい手つきを思い出させるのに、目の前に広がる日常があまりにもいつも通りで、彼を求める心がリアルな夢をみせたのだろうかと思えてきてヒカリの目には涙が溜まり始める。
 一粒の涙が頬を滑り落ちたと同時にドアがノックされ、ヒカリは慌てて涙を拭った。

「ヒカリちゃん、起きてる?」
「はい。起きてます」

 ヒカリの返事を聞いてすぐに部屋に入ってきたのはソラだった。
 亡き兄の恋人で姉のように慕うソラの優しい笑顔をみて、ヒカリは急に抱きついて泣き叫びたい衝動に駆られた。
 この上なく素敵で幸せで、醒めればとても残酷な夢をみたのだと、子供のように抱きついて泣き叫びたい。そうすればきっとあの素敵な夢を忘れて日常に戻れる。

「ソラさん!」

 部屋に入るなり、勢いよく抱きついたヒカリの頭をソラが優しくなでる。
 兄と同じ年だというのに、その慈愛に満ちた笑みと手の暖かさはヒカリの知らない母親のぬくもりを思わせる。
 目の奥が熱くなり、拭ったはずの涙が溢れてくる。それらが零れ落ちる前にソラはヒカリの顔をあげさせ、少し眉を下げて笑った。

「お届け物を持ってきたの」
「届け物?」
「あなたのファンよりですって」

 プレゼントや差し入れを昨日はたくさん頂いた。ヒカリが直接受け取れなかった誰かからだろうかと小首を傾げるヒカリの目の前に一輪の薔薇が差し出される。
 茎には薔薇と同じくらい赤いリボンが巻かれ、小さなメッセージカードに『今夜も君を迎えに行く』と書かれていた。

「天使様! ソラさんがどうして……?」
「さぁ、どうしてかしらね」

 ついさっきまで零れ落ちそうになっていた涙は一瞬で引っ込み、驚きに目を丸くして薔薇とソラを交互に見やるヒカリを見守るようにソラは相変わらずの微笑みを浮かべる。
 昨日のことは夢なんかじゃなく現実だったのだと遅れて理解が追い付いてきて、胸の奥からじわじわと広がる喜びにヒカリは薔薇を抱きしめた。

「ソラさんは、天使様を知ってるの?」
「そうね。私にとっては天使というよりオペラ座の怪人と言ったほうがしっくりくるかしら」
「オペラ座の怪人……」
「このオペラ座に怪人が棲むって話は知ってるでしょ?」

 笑顔に隠されてソラが何を考えているのかはヒカリにはわからない。けれども、ソラがオペラ座の怪人を、ヒカリの音楽の天使の正体を知っていることだけは確実だった。自分の知らない彼をこの人は知っている。

「彼に会いたい! 会わせて!!」

 冷静さを失って必死にすがるヒカリをソラは困惑しながらなだめる。どれだけ落ち着かせようとしても、我を忘れて取り乱すヒカリの様子にソラは天井を見上げ目を閉じた。

「オペラ座の怪人は夜の闇と共にある存在」
「え?」
「太陽が沈んだ時間は彼の時間になる」

 いつも絶やすことのない優しい笑顔は消え、その顔には憂いだけが色濃く映る。まったくの別人のような表情を浮かべるソラに、僅かばかりの恐れを感じてヒカリはソラから離れた。
 次に彼女をみると、さきほどの表情は見間違いだったのかと思うほどいつも通りの優しい微笑みを浮かべていて、ヒカリは逆にそれがとても不自然だと感じた。

「ヒカリちゃんの“天使様”は、夜の闇の中でだけ自由に動ける影みたいなもの。あまり魅入られすぎないようにね」

 質問は許さないとばかりに、忠告を残してすぐにソラは踵を返す。ヒカリは追いかけることもできず、その場に立ち尽くした。
 己の存在を示すように胸に抱いていた薔薇が優しく香りヒカリを包む。薔薇を顔に近づけてその香りを吸い込むと、頭の中でカードに書かれたメッセージが彼の声で再生された。

『今夜も君を迎えに行く』

 色々な想いがヒカリの胸の中で渦巻いて目を伏せる。ただひとつ、彼に会いたいという気持ちだけがヒカリの中の真実だった。




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