speranza

デジモンタケヒカ二次小説
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cup coffee

2018.06.23 Sat

「最初は粉と同じぐらいのお湯を注いで」

 鼻歌でも歌うかのようにタケル君の声は弾み、楽しそうに、でも手元は慎重にポットのお湯を注いでいく。
 細いノズルの先からなだらかに流れ落ちるお湯が挽き立ての粉の中に吸い込まれると、まるで生きているかのようにぶわっと膨らみ、心を浮き立たせる香りが室内に一斉に広がった。

「いいにおい……」

 思わずこぼしてしまった小さな呟きを耳ざとく聞きつけたのかヒカリちゃんと名を呼ばれ、タケル君の手元に引き込まれていた視線をあげると、タケル君は緩んだ頬でかっこつけた笑顔をみせる。
 可愛いなと思って微笑み返すと、私の心の声を察知したのか少し視線を外された。

「これで30秒くらい蒸らす」
「なんのために?」
「コーヒー豆全体にお湯をいきわたらすため。このひと手間で味が全然違うんだよ」

 話しているうちに蒸らしの時間が過ぎたようで、タケル君は再びポットを手に取った。
 中心からのの字に少しずつ。まるで呪文のように唱えながら、お湯を小さくまわし入れる。いったん膨らみがおさまったコーヒー豆が再び膨らみはじめ、とたとたと心地よい音をたてて濃褐色の美しいしずくがガラスの底を打つ。
 その様子に魅入られて、しばらくガラスの中にコーヒーが溜まっていく様子を眺めていたのだけれども、ふと気づいてタケル君をみると、言葉よりも雄弁に愛を伝える笑みを浮かべて私をみていて、目が合った途端に顔の温度が一気にあがったのが分かって慌てて顔を伏せた。

「二回目のお湯を入れていくよ」

 再びタケル君がお湯をまわし入れる。せせらぎのようにコーヒーが流れ落ちる音を聞きながら、タケル君が操るお湯の流れをみつめた。

「タケル君は将来バリスタになりたいの?」
「ん? 違うよ。僕の夢は小説家」
「そうなんだ。はじめて知った」
「はじめて言ったからね」
「どうして?」
「僕たちがしたデジタルワールドの冒険を本にしたいんだ。多くの人にデジタルワールドを知ってほしいし、記憶に任せてあの夏の日々を風化させたくない。何か形に残したいんだ」
「そっか」

 ともすればそっけない短い相槌に、タケル君は相変わらず楽しそうにお湯を注ぐ。少し手を止めてお湯を落としてからもう一度新たに注ぎ、サーバーに溜まったコーヒーの量を確認してドリッパーを外した。
 あらかじめ温めていたカップにコーヒーを注いでいく。あれは、このまえ一緒に選んだお揃いのマグカップ。中学生で彼氏の家に専用マグカップがあるって珍しいんじゃないかと思うけど、やっぱりお揃いは嬉しいし、こころよく置いてくれるタケル君のお母さんには感謝しかない。

「はい出来上がり。砂糖とミルクどれくらい入れる?」
「せっかくタケル君がいれてくれたコーヒーだから、そのまま飲んでみたいな」
「了解。だめだったら遠慮なく入れていいから」
「ありがとう」

 マグカップを受け取り近づけると、実り溢れる秋の森ようなかぐわしい香りをまとった湯気が頬を撫でる。どこか甘ささえ感じさせるその香りに誘われてマグカップを傾けると、少しも逃すまいと勝手に目が覚めるほどの香ばしさが鼻を抜けていった。最初に感じた僅かな酸味は苦みを舌に残してすぐに消える。苦いけれども、いつも砂糖とミルクで誤魔化している嫌いな苦さじゃなかった。

「おいしい!」
「よかった! 癖がなくて飲みやすい豆を探したかいがあったよ」
「タケル君がいれてくれたコーヒーだから、そのままで飲めるのかも」

 心のままに感想をつたえるとちょっとだけ頬を染めてタケル君は顔を背ける。ひとつ笑みがこぼれ、隠すように再びコーヒーに口をつけた。

「ヒカリちゃんは、保育士だよね?」
「え?」
「将来の夢」

 探るようにたずねるタケル君に頷きで返す。タケル君はそれをみてニコリと笑い、コーヒーをあおった。

「小説家が地味ってわけじゃないけど、タケル君はもっと派手な職業を目指すのかと思ってたよ」
「派手って、例えばどんな?」
「ヤマトさんみたいにバンドマンとか?」
「お兄ちゃんも音楽は趣味で仕事にするつもりはないんじゃないかな……。ってか、ヒカリちゃんの中の僕のイメージどうなってるの?」

 小さく舌をだしてできるだけかわいこぶって誤魔化すと、タケル君は大きくため息をつく。その反応はちょっと納得がいかなくてむくれてみると、ふにと軽く頬をつねられた。

「ヒカリちゃんは保育士の他にも将来の夢あるでしょ?」
「他にも?」

 確信をもって訊くタケル君の言葉に心当たりがなく、大きく首をひねる。私がすぐに思い浮かばないことも織り込み済みだったのか、タケル君は得意げににんまりと笑った。

「僕のお嫁さん」

 思ってもみなかったタケル君の答えに、体温が上昇する。どんな顔をしていいのかわからなくて視線を彷徨わせる私を楽しそうに見やるタケル君になんだか腹がたってきて唇をとがらせた。

「それは、将来の夢じゃないよ」
「どうして?」
「もう確定している未来は夢とは言わないよ」

 カウンターパンチが鮮やかに決まった。顔を真っ赤にして言葉を失うタケル君を、さっきタケル君がしていたのと同じように眺める。相手の意表をつくのはなるほど楽しい。自然と頬があがる。
 にまにまとタケル君をみつめていることに気分を害したのか、少し眉をひそめながらタケル君が距離を詰める。そんなタケル君の反応を楽しんでいると、タケル君がすぐ隣に立ち、椅子に座る私を見下ろした。

「結婚したら毎朝僕がコーヒーをいれるよ」
「楽しみにしてる」

 熱をもつタケル君のまなざしに笑顔を返すと、そのまま唇が重なった。
 伝わる苦さとコーヒーの香りに、大人のキスみたいと密かに思った。