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デジモンタケヒカ二次小説
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cup The Phantom of the Opera 6

2018.06.15 Fri

 タケルの曽祖父はオペラ座の秘密を守るため、2階席5番ボックスを使う際には素性がばれないように必ず仮面で素顔を隠すというルールを定めた。
 タケルもそれを律儀に守り、隠し扉の中に入ってからは顔半分を覆い隠す白いシンプルな仮面を身に着けている。さらに今日は念のためとウィッグで金の髪を隠した。
 これでもし姿を見られたとしても、侯爵家のタケル・イシダだとは誰も思わないだろう。

 曽祖父が作ったオペラ座の秘密は隠し部屋や隠し通路だけではない。
 本当に曽祖父が作ったのかは分からないがオペラ座の鏡のいくつかはマジックミラーになっていて、隠し通路からオペラ座の様子を伺うことができる。
 正しい使い道は、内密の会話を盗み聞いて外交に役立てることなのだろうが、タケルは悪趣味な気がして当主を継いでからすべての鏡を通路側から板で塞いでいた。
 しかしタケルは今、信条に反してある場所の板を外している。その場所はプリマドンナの楽屋の鏡、ヒカリの楽屋だ。

 頭の端で、彼女の幼馴染として堂々と会えばいいのにと思う。
 けれども、あの時と違いもうただのタケルではない。自分の一挙手一投足全て観察され、そこに何か隠された意図があるのではないかと痛くない腹さえ探られる。侯爵家の名がヒカリにとって良いことばかりではなく、思わぬ悪影響を与えるかもしれない。
 などと、もっともな言い訳をいくつも並べて、タケルはヒカリの様子を隠し見る自分を正当化する。本当は彼女に対して後ろめたい事実を抱えていることで、ありのままの自分自身で彼女の前に出ることが怖いだけなのに。
 自分の弱さを見て見ぬふりして、タケルは鏡の裏からヒカリの楽屋を覗き見た。

 ヒカリはやり遂げた充実感から輝く笑顔で、代わるがわる楽屋に訪れる来訪者に応対していた。
 その笑顔はタケルが恋をしたときそのままの美しさで、タケルは思考することすら忘れてただひたすらヒカリに魅入っていた。
 やがて、一通り楽屋を訪ね終わったのか、来客が途絶えヒカリが楽屋に一人きりになる。
 疲れた様子でヒカリがふぅと一息ついた瞬間、楽屋のドアがノックされた。表情を作り直したヒカリが返事をするとすぐに、大きな薔薇の花束を抱えたダイスケが入ってきた。

「ヒカリちゃんお疲れ様! すごくよかったよ!!」
「ダイスケくん!」

 親し気にヒカリの名前を呼ぶダイスケと、今までの来客とは打って変わって打ち解けた様子を見せるヒカリに、タケルの胸がざわつく。

「沢山花貰ってると思うけど、これ俺から」
「ありがとう。こんな大きな花束貰ったの初めて。しかも全部薔薇?」
「そう、俺の気持ちで」
「嬉しい。ありがとう」

 ヒカリが背を向けていてどんな表情をしているのかは分からないが、ヒカリの言葉にダイスケは分かりやすいほど頬を染めた。
 ギリッと音を立てタケルは無意識に奥歯を噛みしめる。今まで感じたことのない黒い感情が体の奥底から沸き起こる。
 鏡の裏ではタケルが拳を握り締めながら一部始終を見ているとは知らず、ダイスケは赤い顔をさらに赤くして言葉を続けた。

「俺、ヒカリちゃんのことが好きになっちゃったんだ。俺だけのプリマドンナになってほしい!」
「えっ!?」

 ヒカリが驚きの声をあげると同時に、鏡の裏ではタケルが拳を強く叩きつける。
 ダイスケもヒカリもその音に気がつかなかったが、鏡の裏でタケルはダイスケを視線だけで殺せるほど鋭く睨みつける。
 もちろんそんなことは知る由もないダイスケは愛の告白を続けた。

「すぐに返事は難しいだろうから、今夜一緒に食事しようよ。三ツ星のレストラン予約してるんだ」
「でも」
「着替えたら迎えに来るから」

 ヒカリの返事を待たず、断られる可能性など微塵も思いつかない様子でダイスケが楽屋を去る。
 ヒカリは相変わらず鏡に背を向けていて今のダイスケの告白をどう思っているのか推しはかることはできないが、タケルにとって最早それは関係なかった。
 このまま彼女をあいつと共に食事に行かせては、僕の天使はあいつのものになってしまう。カノジョハボクノモノナノニ。
 ダイスケへの憎悪が頂点に達し、タケルの中の何かが外れた。

「僕のヒカリ」
「天使様!?」

 歌うように語り掛けるタケルの声に、ヒカリはすぐさま反応する。
 声の聞こえてくる場所を探して楽屋中に視線を彷徨わせるヒカリにタケルはもう一度呼びかけた。

「今、ヒカリと。私の名をご存知なのですね!?」
「僕のヒカリ。僕は君を知っている」
「私も、あなたを知りたい。あなたが私を知るのと同じように」
「君が望むなら教えてあげよう。さあ、この手をとるんだ」

 言い終わるや否や、楽屋の大きな鏡が動きヒカリの前に一人の男が現れる。仮面で素顔を隠したオペラ座の怪人が。
 ヒカリはうっとりと微笑みその手を取った。
 二人の姿が闇の中へ消え、ヒカリがいた楽屋は何もなかったように元の姿へ戻る。部屋の主の姿だけを消して。
 しばらく後にヒカリを迎えに来たダイスケの絶叫が響いたが、二人の耳に届くことは無かった。



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