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デジモンタケヒカ二次小説
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cup The Phantom of the Opera 5

2018.06.15 Fri

 タケルとヤマトは仲の良い兄弟だった。
 母親はタケルを産むと同時に亡くなり、父親は仕事にかまけてあまり家庭を顧みることはなく、ヤマトはタケルにとって兄であると同時に親であり一番の友であった。
 イシダ家の者しか知らないことであるが、オペラ座とイシダ家の屋敷は地下水路で繋がり、子供でも簡単に行き来ができる。
 二人は秘密の通路を使い、幼い頃からオペラ座の隠し部屋で遊んでいた。
 オペラ座の隠し部屋は何部屋かあるが、その中でもタケルは曽祖父がこだわり抜いて作った音楽のための部屋が一番のお気に入りだった。
 部屋の中にはひときわ大きいパイプオルガンが置かれ、おそらく曽祖父は演奏が不得手だったせいなのか、いくつかの操作をすると自動で演奏が始まる絡繰りが施されていた。
 他にもピアノやバイオリン、見る人が見れば垂涎ものの楽器がいくつも置かれていて、パイプオルガンを鳴らし、兄と共に好きな楽器を選んで演奏する。それが幼いタケルにとって一番の遊びだった。

 やがて二人の父が一人のバイオリ二ストを連れてきた。
 父と同じ状況で妻を亡くしたバイオリ二ストにいたく同情し、パトロンとなり彼の支援をすることに決めたらしい。
 後にタケルが聞いた話だが、ヤマトとタケルと同じ年の子供がいたので遊び相手にもいいと思ったのが決め手だったという。
 そうしてタケルが8つのとき、タイチとヒカリに出会った。
 タイチは太陽のように朗らかな性格で、気難しいヤマトともすぐに打ち解け、タケルともよく遊んでくれた。
 今まではオペラ座の地下で兄と二人で演奏していたが、タイチ達と出会ってからは太陽の下で四人でカルテットを組んで何度も演奏した。
 ヒカリはタイチと違い内気な性格で、タケルが話しかけてもタイチの陰にすぐに隠れてしまいあまり仲良くはなれなかったのだが、あれは少し遠出をして一緒に海に行ったときだった。母親の形見だという赤いスカーフが風に飛ばされ海に落ちてしまったとき、タケルは一切の躊躇なく海に飛び込みそれを取り戻した。
 泳いだことなど無かったのでほとんど溺れかけながら岸に戻ると、兄や使用人達が青褪めた顔をして慌てふためき大騒ぎしていたが、その中でヒカリは大粒の涙を流しながら何度も何度もタケルに礼を言った。
 その顔に、この子は僕が守らなきゃいけないと子供ながらに思い、ヒカリの存在はタケルの中で友達から大切な女の子へと変化したのだった。
 それからは、ヒカリもタケルに打ち解けはじめ、兄たちを抜いて二人で遊ぶことも増えた。
 恋人ごっこと称して愛を囁き合い誓い合ったこともある。
 ヒカリと過ごした日々のどれもがタケルにとって大切な思い出だ。

 しかし、楽しかった日々にもやがて終わりが来る。
 タイチとヒカリの父親が病に倒れ亡くなり、二人が屋敷にいる理由が無くなったのだ。
 タケルは何度も、二人を追い出さないでくれと父にすがり泣きついたが父の判断が変わることは無かった。
 屋敷に置くなら使用人となる。それは友ではないと言われて理不尽さに胸が潰れるほど泣いても、現実は何一つ動かなかった。
 二人が出て行ってから、タケルはヒカリとの思い出を求めて二人で過ごした場所に毎日通っていた。
 ある日、人目を忍ぶようにオペラ座へと続く隠し通路へと向かう兄の姿を見つけて声をかけた。あの場所に行くのなら自分も一緒に行くと。
 そのことはタケルにとっては当然のことだったが、ヤマトにとっては違った。
 信じられないものを見るかのように目を見開き、そして恐ろしいまでの剣幕でタケルをなじった。
 あの通路は当主しか使ってはいけない。お前は二度と使うなと血走った目で怒鳴りつけるヤマトにタケルは恐怖を感じ、それ以来兄が亡くなる直前まで二度と立ち入ることは無く、オペラ座自体にも近づくことはなかった。

 けれども人生は思わぬ方向へと流れを変える。
 都を襲った死の病の流行で父が死に、数か月後に兄も帰らぬ人となり、次男で本来家を継ぐはずのなかったタケルが突然当主となった。
 肉親の死を悲しむ暇もなく次々と現実がタケルを襲う。
 頭のおかしくなりそうな無情な日々に嫌気がさし、タケルは兄の生前は立ち入ることのなかったオペラ座の隠し部屋へと足を運んだ。
 そこは幼き日の思い出そのままの“音楽”があった。
 生前の優しかった兄の姿を心に、思い出の兄の音と合奏する。それは現実で荒み切ったタケルの心を幾分か慰め、悲しみを和らげてくれた。

 思い出の兄と演奏をし始め、何日目だったろうか。
 ある日タケルがいつものように仕事を終え隠し部屋で演奏をしていると、それに合わせて歌が聞こえてきた。
 一瞬驚きで手が止まったが、すぐに誰かと合奏することの喜びがこみ上げそのまま手を動かすと歌も続く。
 心の中の澱みをすべて洗い流すような歌声に、タケルは演奏しながら涙を流した。
 父と兄が死んでから一度も流さなかった涙が初めて流れ、自分はこんなにも二人の死を悼んでいるのだと知った。
 それから、タケルはその歌声を求めて夜な夜な隠し部屋へと向かった。
 タケルが演奏しているといつの間にか歌が重なるのが常であったが、たまに歌が先に聞こえてタケルが後から音を重ねることもある。
 壁の向こうの誰かと共に演奏するひとときは、タケルにとって至上の喜びだった。
 そのうちに共に演奏することにも慣れてきて、彼女の歌で気になる点をいくつか指摘するようになった。
 彼女は勘がいいのか、指摘した点をすぐに修正してより良くなった歌を聞かせてくれる。
 二人で生み出す音楽がどんどんと高みへ登っていくことは、この上ない高揚感をもたらしタケルの演奏にも熱が入った。

 壁の向こうの彼女は、時折タケルを音楽の天使と呼び、自身のことを話したがった。
 恋人のように日常の些細な喜びや悲しみを共有したいのだろうと思ったが、彼女が話そうとするたびにタケルは遮った。
 身の上を知ってしまえば、彼女がどこの誰かわかってしまう。そうなればあるのは現実だけだ。
 お互いに相手の正体を知らなければ夢をみていられる。相手に自分の理想を重ねていられる。
 彼女がタケルを天使と呼ぶように、タケルにとっても壁の向こうの彼女は天使だった。自分の心を救い上げてくれる音楽の天使。
 タケルは、壁の向こうの彼女に成長したであろうヒカリの姿を夢想し重ね、自分の心を満たしていた。
 欲しいのは現実ではなく、夢。だから決して壁の向こうの彼女が誰なのか知ろうとしなかった。
 まさか、自分が願う夢が現実だなんて思いもしなかった。


 舞台の中心でスポットライトを浴びヒカリは歌う。タケルをなんども救ってくれたあの歌声で。
 舞台で輝く彼女は、タケルの想像よりも遥かに美しく成長し、万人を魅了する。

「僕の天使……」

 タケルは声を出さずに泣いた。
 それが喜びなのか悲しみなのかはタケル自身にもわからなかった。




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