speranza

デジモンタケヒカ二次小説
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cup “Maria”

2019.01.12 Sat

 夕日が、影を長く伸ばす。
 夜が近づいていることを知らせる赤い光が音までも飲み込んでしまったように、昼には賑やかだった校舎は静寂に包まれている。
 委員会の仕事を終え、ヒカリは自分の鞄を取りに教室に向かっていた。
 放課後遅い時間ということもあり、生徒の姿はほとんど無い。

 ――なんだか知らない場所みたい。実はよく似た異世界だと言われても信じてしまいそう。

 自身の突拍子も無い発想にクスリと笑い、空き教室に何気なく視線をやると、見知った金色の髪が目に入った。

「タケルくん、まだ帰ってなかったんだ」

 真剣な様子で手に持つ冊子を読む彼に、ヒカリは気さくに近づく。
 タケルは、ヒカリがすぐ側まで近づいてきてからやっと顔を上げた。

「ヒカリちゃんこそ遅いね?」
「委員会だったの。タケルくんは?」
「僕はコレ」

 表紙をヒカリに見えるように持ち上げる。
 コピー用紙を折りたたんだだけの冊子の表題を見て、ヒカリはあぁと納得した。

「文化祭の劇の練習してたのね。確か、主役だったよね」

 ヒカリの言葉にタケルは頷き、再び冊子に目を戻す。
 タケルの隣に座り、ヒカリも同じように台本を覗き込んだ。
 役名の下に括弧書きで文字が並んでいる。蛍光ペンで線が引かれてる箇所がタケルの台詞なのだろう。流石、主役。量も多い。

「大変だね」
「主役なんてやりたくなかったのにさ……。多数決ってときに残酷だね」
「私でも、同じクラスだったらタケルくんに投票してたと思うよ」

 肩をすくめるタケルの顔を覗きながら微笑むと、タケルは大きなため息をついた。

「同じクラスだったら、きっとヒロイン役はヒカリちゃんだったのに」
「まさか。私が選ばれるわけないよ」
「ヒカリちゃんは自分をわかってないなぁ……」

 探るようにこちらを見るタケルに、なんと返していいかわからず、ヒカリは曖昧な笑みを浮かべる。
 タケルはなにごとも無かったかのように台本をめくり、あるページを開いた。

「台本の読み合わせ付き合ってくれる?」
「いいよ。私はなんの役?」
「いや、聞いていてくれればいい。ここ、ヒロインに一目惚れした後の独白シーンなんだけど、長ゼリフが中々覚えられなくて……。今からそこやるから、台本と照らし合わせて間違ってないかチェックしてくれる?」
「わかった」

 台本を受け取ると、タケルは深呼吸をしたあとに朗々と台詞を紡ぎ出す。
 台詞に不安があるのが嘘に思えるほど、堂々とした演技。台本も一言一句間違えることはない。

――もう、タケルくんったら大袈裟なんだから。

 ヒカリは、少しの呆れとそれ以上の親しみを覚えながら、熱の入るタケルの声を聞き、台本を読む。
 ヒロインに一目惚れした主人公が、抑えられない胸のうちを吐き出し、彼女の全てを称賛するシーン。

「……それに、なんて美しい響きなのだろう。僕はこの世界にこんなにも美しい言葉があるとは知らなかった」



「ヒカリ」



 聞き間違えたかと思った一瞬の静寂のあと、タケルの台詞が続く。


「ヒカリ、ヒカリ、ヒカリ……。彼女の名前は特別な響きを持って僕を揺さぶる。大きな声で呼べば、この世で一番美しい音楽になり、小さく囁やけば天まで届く祈りの言葉になる。君の名前を口にするだけで、僕はこの上ない喜びに包まれる。ヒカリ。この世の全ての美しさが集まった言葉を、今日僕は知ってしまった。ヒカリ。これ以上美しい響きが他にあるだろうか。ヒカリ、ヒカリ……。僕はいつまでもこの美しい名前を呼び続けよう。ヒカリ。僕の最愛、僕の全て。ヒカリ……」


「どうだった?」 

 独白を終えて、タケルがいたずらな笑顔を浮かべる。

「……全然台本と違う」
「そう? やっぱり長ゼリフは覚えるの難しいな」

 ペロリと舌を出し、余裕を残す笑顔が憎らしい。
 全然台本と違う。
 台詞が、じゃない。ヒロインの名前だけ、きっちり間違えていた。
 この劇のヒロインの名前は「マリア」。決して「ヒカリ」ではない。

「どうしたの? 顔が真っ赤だよ」

 からかうタケルの声に、ヒカリは手に持つ台本で顔を隠す。

「夕日のせいだもんっ!」

 強がるヒカリに、タケルはクスクスと笑い、その手から台本を取り上げた。

「キスシーンもあるんだよね。フリだけど、上手くできるかどうかわからないから付き合ってくれる?」

 言葉では答えられず小さく頷くと、沈む太陽から二人の顔を台本で隠して、タケルの唇が重なった。