speranza

デジモンタケヒカ二次小説
<< 2018Jan. Feb. Mar. Apr. May Jun. Jul. Aug. Sep. Oct. Nov. Dec. 12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>

Admin  |  New entry  |  Up load  |  All archives

Prev Entry | main | Next Entry |

cup The Phantom of the Opera 13

2018.12.31 Mon

「よぉ!」

 オペラ座の舞台裏、背中から聞こえてきた呑気な声にミヤコは呆れ声で振り返った。

「なんか用?」

 視線の先にいたのは、予想通り国一番のテノール歌手ダイスケ。
 コーラスガールの一人でしかないミヤコとダイスケは、本来なら気安く名前を呼ぶ間柄ではないが、この二人は同じ町の出身で幼いときから共に育ってきた旧知の仲。
 今ではその地位に大きな差が開いてしまったが、お互いに着飾らない性格が昔のままの関係性を続けさせていた。

「お前にじゃねぇよ。この先に用があるんだよ」
「じゃあ、気安く呼び止めないでくれる? 私だって暇じゃないんだから」
「わりぃ、わりぃ」

 ミヤコのほうが先に産まれていることもあり、昔からダイスケに対するミヤコの扱いは雑だが、ダイスケの方も慣れたものでこれぐらいのぞんざいさは気にしない。
 これ見よがしにミヤコがため息をつくと、ダイスケは手を頭の後ろで組みニシシと笑った。

「この先に用って、この先には楽屋しかないわよ?」

 道を間違えて迷子にでもなっているんじゃないかと言いたげな、年上ぶるミヤコの様子に今度はダイスケがため息をついた。

「間違ってねぇよ! この先のヒカリちゃんの楽屋に用があるの!」
「あんたがヒカリちゃんに?」

 ミヤコは明らかに怪訝そうにダイスケを下から見上げ、たじろくダイスケの様子を見て、なるほどと手を打った。

「やめときなさいよ。あんたなんて相手にされないわよ。それに侯爵様と婚約が決まったのはあんただって知ってるでしょ。顔も地位もお金も全部揃ってる侯爵様とあんたとじゃ勝負にもならないわよ」

 無駄無駄と顔の前で手を振るミヤコに、ダイスケは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、すぐに腰に手を当て得意げに胸を張った。

「ところがどっこい、ヒカリちゃんが好きなのは俺なんだよな」
「はぁ?」

 こいつはどこかで頭でも打ったのか。盛大に眉をしかめるミヤコに、ダイスケは得意げに続ける。

「ほら、お前も言ってただろ! ヒカリちゃんが俺の薔薇を大切に飾ってるって!」

 二人きりだと恥ずかしいからってディナーには行けてないけど、そんなに俺のことを好きなんて照れるよな。
 意味の分からない惚気を続けるダイスケの話を、ミヤコは話半分で聞き流しながらこいつは何を勘違いしているのだろうかと頭を回転させる。
 しばらく考えてようやく合点がいったミヤコは、延々と続く妄想の惚気話をすっぱりと中断させた。

「確かにヒカリちゃんが大切そうに薔薇を飾ってるとは言ったけど、それがあんたが贈った薔薇なんて一言も言ってないわよ」
「は?」
「それどころか、あんたがヒカリちゃんに薔薇を贈ったなんて今初めて聞いたわよ」
「へ?」
「ヒカリちゃんが大切に飾ってるのは、毎日ヒカリちゃんに届けられる一輪の薔薇のことよ。あんた毎日ヒカリちゃんに薔薇贈ってるの?」
「いや、俺は初日だけ……」
「ほらね。ヒカリちゃんが大切にしてるのはあんたの薔薇じゃない。あんたは脈無しよ。残念!」

 容赦なく畳みかけるミヤコに、ダイスケは肩を落とす。
 ようやくダイスケが勘違いに気づいたことに、ミヤコは大きく息を吐いた。

「さっきも言ったけど、ヒカリちゃんは侯爵様と婚約が決まって幸せ絶頂なの! 余計なことはするんじゃないわよ」

 侯爵様の逆鱗に触れたら、あんたと言えどもどうなるかわからないわよ。
 脅すミヤコにダイスケは情けない顔をあげる。

「……じゃあ、その薔薇は誰から来てたんだよ。その侯爵から来てたとでも言うのか?」

 失恋が決定的となったのに、ダイスケは諦めが悪い。ミヤコは肩をすくめて首を振った。

「さぁね。ヒカリちゃんは大切な人とだけ。でも、色も形も良くて高そうな薔薇だったし、侯爵様から来てたと考えても不思議じゃないわね」

 そうじゃなきゃ、身分差のある婚約がこんなにも早く決まるわけは無いだろうとミヤコは考えている。
 ヒカリは何も話さないが、誰も知らないところで二人は愛を深めていたのだろう。婚約という形でようやく秘密の恋が公になった。
 毎日ヒカリに贈られていた薔薇は、侯爵様からヒカリへの愛の証。だからこそ、ヒカリはあんなにも大切にしていたのだろう。
 根拠の無い予想に過ぎないが、そう大きく間違ってはいないはずだ。侯爵様がヒカリを深く愛しているのは間違いない。だから、自分にも……

「それに、ヒカリちゃんは今日は楽屋にいないわよ」
「はぁっ? そういうことは早く言えよ!」
「あんたが一人で妄想を始めるから、言う暇が無かったんでしょうが!」

 売り言葉に買い言葉。前日に千秋楽を迎えたオペラ座に人気は少なく、口喧嘩を始めた二人を止める人は誰もいない。お互いに肩で息をするぐらい疲れ果てるまで、不毛な言い合いは続いた。

「はぁ、はぁ……」
「ふぅ……。お前と一緒にいても碌なことが無い」
「それはこっちの台詞!」
「はぁ、このまま腐れ縁がずっと続くと思うとぞっとするぜ」

 二人の関係性を知らない人が聞けば、酷いと感じるかもしれないダイスケの言葉。
 ミヤコは全く気にすることなく、得意げに微笑んだ。

「お生憎さま! 私は今日でここを辞めるの。もうあんたと顔を合わせることもないかもね」
「はぁ?」

 ミヤコの爆弾発言に、ダイスケは今日一番の驚愕の表情を浮かべる。

「辞めるってお前……。ここ辞めてどうすんだよ? あてはあるのか?」

 ミヤコが結婚するという話を聞いたことは無いし、目の前の幼馴染からも、そんなめでたい雰囲気は微塵も感じられない。
 あんぐりと口を開けるしかないダイスケに対し、ミヤコはダイスケの虚をつけたことに満足して背を向けた。

「私には才能が無くてミミお姉さまのようにはなれなかったし、もう年もギリギリだから今回の公演で最後とは思ってたのよ。幸いにも、私に来て欲しいって打診があったから、そっちに行くことにしたわ」
「ミヤコ……」

 ダイスケは、ひらひらと手を振りながら立ち去っていくミヤコを呼び止めようとしたが、何も言葉が出てこなかった。
 この世界は華やかだが厳しい。実力が無い者がいつまでもしがみついて生きていける世界でないことは、ダイスケ自身もよく知っている。
 同じ町で生まれ育ち、同じ時期に同じ世界に足を踏み入れた戦友。辛いときも支え合って……とは言えないかもしれないが、相手が頑張っている姿を見て自分も頑張ることが出来た。
 同じ場所にいることが当たり前だった友との突然の別れに、ダイスケは拳を固く握りしめた。



BACK