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デジモンタケヒカ二次小説
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cup 翌日寝込みました

2018.10.23 Tue

 ぴゅうっと木枯らしが吹き、髪を乱しながら通り過ぎていく。
 風が運んだ秋の匂いに鼻先がむずむずと疼き、たまらず大きなくしゃみをした。

「タケルくん、風邪?」

 ヒカリちゃんが心配そうに覗き込む。ずびっと少し鼻を鳴らしながら、まだむず痒い鼻先を指でこすって首を傾ける。

「いや、誰かが僕の噂でもしてるんじゃない? ほら、僕ってモテるからさ」

 おどけてウィンクをしてみると、ヒカリちゃんは呆れた笑いを浮かべ、覗き込んだ顔を元の位置に戻した。

「そんなこと言ってると、本当に風邪ひいててもお見舞いに行ってあげないんだから」

 つんと顔をそらし、少し拗ねたような声色が可愛い。
 突然歩調を速めたヒカリちゃんに、早足で追いつき隣に並んだ。

「酷いな。ヒカリちゃんのお見舞いが一番嬉しいってわかってるくせに」
「一番はヤマトさんでしょ」
「兄貴は絶対に来るから別枠」
「私だってタケルくんが体調悪かったら絶対にお見舞いに行くじゃない」

 足を止め、頬を膨らましながら僕を鋭い視線で刺す。
 全く痛くないどころか可愛いだけの睨み顔に、思わず頬が緩みそうになり慌てて口元を手で隠す。
 ヒカリちゃんはプイっと顔を背け、僕には構わず先へと歩いていく。
 再びヒカリちゃんに早足で追いつき、今度は目の前に回り込んで、ヒカリちゃんの行き先を塞いだ。

「兄貴にやきもち?」
「まさか」

 重なった視線、ヒカリちゃんの瞳の奥からは何一つ感情が読み取れない。
 ひらひらと手のひらで僕を余裕そうにあしらい、隣を抜けて行くヒカリちゃんの手を思わず掴んだ。

「……兄貴は家族だから。ヒカリちゃんが一番」

 情けないことに声が震える。
 ヒカリちゃんの冷たい視線に、僕のほうが抑えられなくなってしまった。
 どんな顔をしているのか確かめるのが怖くて、目を合わせることが出来ない。だけど、掴んだ手を離すことも出来ない。
 だんだんとうるさくなる心臓の音と、ヒカリちゃんを掴んだ手のひらにかく汗。
 どうしようもなく動けなくなった僕とヒカリちゃんの間に流れた長くて短い沈黙を破ったのはヒカリちゃんだった。

「それじゃあ、私がタケルくんの家族になってもヤマトさんには勝てないってこと……?」

 悲しそうな小さな呟きに思わず顔をあげる。
 目があった瞬間、ヒカリちゃんは誰が見てもわかるほど真っ赤になり、一目散にその場から走り去ってしまった。
 追いかけなきゃと思うのに、今起こった出来事に頭が混乱して体が全く動かない。

「えっと……家族って、そういう意味、だよね……?」

 誰に聞かせるでもない独り言が口から出た途端、ヒカリちゃんの言葉を全て理解して一気に体が熱くなる。

「えっ……えぇっ!」

 僕だって随分と前からヒカリちゃんをただの友達とは見ていない。
 思春期だから、友達じゃ出来ないあんなことやこんなことをヒカリちゃんとする妄想をしたのだって一度や二度じゃない。
 嘘偽り無く、異性の中ではヒカリちゃんが一番だ。
 だけど、ヒカリちゃんはもっと先の未来まで考えていたんだ……。
 ヒカリちゃんをもて遊ぶ気なんて一ミリも無いけれど、この年で結婚なんて考えられない。それに、結婚と思うと両親のことが浮かんで良いイメージは無い。
 だけどヒカリちゃんが、例え妄想でも、僕と家族になることを考えてくれているなら、僕もヒカリちゃんと家族になることを真剣に考えなくては。
 いや、今はそれよりも……

「明日からどんな顔して会ったらいいんだ……」

 僕の独り言を消すように木枯らしがまた強く吹き、さっきよりも大きなくしゃみが出て、寒さにぶるりと背筋を震わせた。




cup ヒーロー

2018.10.19 Fri

「タケルくんってさ、少女漫画のヒーローみたいだよね」

 机に両手で頬杖をつきながら突然ヒカリちゃんが言った。

「急にどうしたの?」

 一緒に帰ろうと誘ったら、まだ日誌が残ってるからと言われて、ヒカリちゃんの目の前の席に横向きで座って本を読みながら日誌が書き終わるのを待っていた。
 本を読んでいただけで特別なことなんてしていないのに、突然どうしたのだろうか。
 心配してヒカリちゃんを見ると、書き終わった日誌を端に寄せ、ため息をつきながら机にうつ伏せになった。

「金髪碧眼でカッコいい。勉強もスポーツもできて、女の子にも優しいなんて……まさに少女漫画から飛び出してきたようだなって思って」

 褒められてるはずなのに、憂鬱そうな声色のせいで全くそんな気がしない。
 そもそも僕に向かってカッコいいとか言うなんてヒカリちゃんらしくない。本当にどうしたというのか。

「何かあった?」
「何もー」

 ふてくされるように返ってきた返事だけど、嘘をついてる気配は無い。
 持っていた本をパタンと閉じ、うつ伏せになっているヒカリちゃんに向き合うように椅子の向きを変えた。

「僕がそんな理想的な男じゃないって、ヒカリちゃんが一番よく知ってるでしょ」
「そうかなぁ……」

 今日のヒカリちゃんは、面倒くさいスイッチが入ってしまっているようだ。
 わしゃわしゃと犬か猫でも撫で回すようにヒカリちゃんの頭を撫でても、嫌がる素振りを見せずされるがまま。逆に心配になる。

「ねぇ、どうしたの?」

 今度は優しく、慈しむように撫でると、うぅんと小さな声をあげ、うつ伏せた顔を窓の方へと向けた。

「ただ、タケルくんって少女漫画のヒーローみたいだなって思っただけ」
「……僕が少女漫画のヒーローなら、ヒカリちゃんは?」

 ヒカリちゃんは質問には答えず、窓の外を見つめるだけ。二人でいれば、沈黙すら心地よいのが常なのに、今日はなんだか気まずい。
 話題を変えたほうがいいのだろうかと悩んでいると、消え入るような小さな声でヒカリちゃんが口を開いた。

「……私は、クラスメートAだよ」
「いやいや。流石に幼馴染がクラスメートAはないでしょ」

 あんまりな答えに反射的に否定すると、ヒカリちゃんは再び顔を机にうつ伏せ、僕から隠すように深いため息をついた。

「……じゃあヒロインのライバル役だね。幼馴染って立場を利用して、ヒロインの恋を邪魔するの」

 声に抑揚は無く、顔を隠しているせいでヒカリちゃんがどんな感情でこの言葉を言っているのかわからない。
 でも、まるで心臓をぎゅっと掴まれたように、ヒカリちゃんの言葉が僕の胸を締め付ける。
 ゆっくりと、うつ伏せるヒカリちゃんの頭の上に自身の額を乗せた。

「僕はヒカリちゃんが言うような少女漫画は好きじゃないな」
「…………」
「ずっと側にいた幼馴染を忘れて、突然現れたヒロインと運命の恋に落ちるなんて非現実的だ」
「そうかな……」
「少なくとも僕はそんな少女漫画の登場人物にはなりたくないね」
「なら、どんな少女漫画がいいの?」
「……ずっと片思いしていた幼馴染と結ばれる物語がいい」
「え……!」

 突然、勢いよくヒカリちゃんが頭をあげたことで重ねていた額とぶつかり、ガツンと大きな音が頭の中に響く。
 痛む額を抑え、くわんくわんと回る視界にふらつきながら、同じく痛みに後頭部を抑えているヒカリちゃんへと一生懸命に手を伸ばした。

「だ、大丈夫?」
「ご、ごめん。タケルくんこそ大丈夫?」
「僕は大丈夫……」

 いまだ回る視界に邪魔されながら、ヒカリちゃんの頬へと手を添える。ヒカリちゃんは、後頭部を抑えながらも潤む瞳を僕へと向けた。

「ヒカリちゃん、僕は……」

 ……恐らくとても良い雰囲気なはずなのに、頭の痛みと回る視界が邪魔だ。ヒカリちゃんもまだぶつけたところを痛そうにさすっている。

「……ごめん。また今度仕切り直してもいい?」
「え、あ、うん……」

 本当はこのまま告白したいけど、何年もの片思いの終わりの日をこんな締まらない格好の思い出にしたくない。
 痛みとめまいが少し収まってきたところで立ち上がり、ヒカリちゃんへ手を伸ばした。

「帰ろっか」

 久々に繋いだ手は、記憶よりも小さく、少しでも力を入れたら握り潰してしまいそうなほど華奢で、心の奥底まで溶かすように暖かく、永遠にこうしていたいと願う。
 手を繋いだら運命の人かどうかわかるって、この前ヒカリちゃんと見た恋愛映画のセリフにあったけど、この感覚がそうなのかな。
 なら僕は、幼いときからずっと知っていたんだ。運命の相手は誰かということを。

「やっぱり、僕は少女漫画のヒーローじゃないね」

 ポツリと漏れた独り言はヒカリちゃんの耳へと届いたのか届かなかったのか。繋いだ手をほんの少しヒカリちゃんが握り返す。

 ――もう少しだけ待ってて。長い片思いに相応しい雰囲気の中で、僕の想いを余すことなく伝えるから。



 

cup 石鹸の香り

2018.10.18 Thu

 友達と入った雑貨屋さんで、ふと目に入った。

「石鹸の香り……」

 多くの人の目につくようにディスプレイされた石鹸の香りのボディミスト。
 試しに一吹きしてみるとふわっと主張しすぎないいい香りが辺りに広がる。
 『ふとした瞬間に漂う石鹸の香りは男の子の永遠のあこがれ! 清潔感漂う香りで気になる彼をときめかせよう!』
 ディスプレイに書かれた売り文句。
 食い入るように見ていると、一緒にいた友達たちが近づいて覗き込んだ。

「なになに? ヒカリこれ気になるの?」
「石鹸の香りで高石くんときめかせちゃう?」
「そっかー。いよいよヒカリも高石くんに恋したか!」

 いやいやいや、私はタケルくんのことなんて何とも思ってないしと全力で否定しても、ニヤニヤニヤニヤ楽しそうに笑われるだけ。
 恥ずかしさに顔が熱くなり、口元が引きつる。
だけどこのボディミストは欲しくなって、香りが気に入っただけだから! 学校でも使えるって書いてあるから! と何度も言い訳をしながらレジへと向かった。



 ――次の日の朝。
 制服を着て、昨日買ったボディミストと長いことにらめっこしてる。
 早速使ってみたいのに、手を伸ばそうとすると昨日の友達の言葉が浮かぶ。
 ――タ、タケルくんをときめかせようとか考えてないんだから!
 ――いい匂い、いい匂いだからつけたいだけなんだから!
 必死で頭の中で言い訳をすればするほど、友達のニヤニヤ笑いが浮かんでくる。
 ――ほんの少し、ほんの少しだけなら目立たないしいいよね!
 よくわからない言い訳を自分にしつつ、意を決してボディミストを手に取り、自分へと一吹きした。
 私を包み込む石鹸の香り。宣伝文句通り清潔感溢れる爽やかな香りなのに、いつもと違う自分になった気がしてドキドキする。
 そろそろ時間よとお母さんに声をかけられて、慌ててカバンを手に取り玄関に向かった。



「ヒカリちゃん、おはよう」

 マンションのエントランスで待っててくれたタケルくんがいつものように微笑む。
 小学生のときにタケルくんが引っ越してきてから、朝練が無い日はタケルくんが迎えに来てくれて一緒に登校するのが習慣になっていて、中学生になってからもなんとなくそのまま続いていた。

「おはよう、タケルくん!」

 いつものようにタケルくんに挨拶して、隣に並ぶ。そしてそのまま並んで歩き出すのが日常なのに、数歩進んでも今日はタケルくんが立ち止まったままだった。

「どうしたの?」

 動かないタケルくんを不思議に思って振り返ると、タケルくんがはっと気づいたように表情を変え、ゆっくりと近づいてくる。
 いつもと雰囲気の違うタケルくんの視線に縫い留められたように動けないでいると、タケルくんが私の首筋へと顔を近づけて、くんと匂いを嗅いだ。

「ヒカリちゃん、今日はなんだかいい匂いがするね」

 耳の側で聞こえる少し低いタケルくんの声に、心臓がうるさく鳴る。
 私の髪を一房梳きながらタケルくんは離れ、見慣れたいつもの笑顔を浮かべた。

「学校行こうか」
「……うん」

 まだ心臓はドキドキと落ち着かないリズムを刻んでいる。
 『気になる彼をときめかせよう』その宣伝文句に、この香りを身にまとったらタケルくんはどんな反応をするのだろうと、ちょっぴり気になった。
 ほんのちょっとの好奇心だったのに、ドキドキと胸が高鳴り、落ち着かない気分になったのは私の方。
 促すように微笑みかけてから歩き出したタケルくんの隣に慌てて並んで、彼の歩調に合わせて歩き出した。
 ……でも、いつもより少し遅い速度で、いつもより少し近い距離な気がするのは気のせいかな?
 いつもと違う香りはいつもと違う空気を生み出して、私達を爽やかに、そして少し甘酸っぱく包み込んだ。





cup 失恋日和

2018.10.15 Mon

「ヒカリちゃん、そろそろ帰らない?」
「……イヤ」

 寒空の下、公園のベンチに座り込んでどれくらいの時間がたっただろう。
 北風に吹かれて鼻先は赤く染まり、体が寒さに負け始めていることを表している。
 でも、鼻が赤いのは寒さのせいだけってわけじゃない。長い間風に吹かれて涙の跡は乾いても、目元も同じようにまだ少し赤い。
 暖を取るために買った缶コーヒーもとっくに冷えて、ただ手元で転がして気まずい沈黙を紛らわすための道具になった。
 ヒカリちゃんの手元に握られたホットココアも、一度も口をつけられないまま同じように冷たくなってしまっただろう。
 このままいても、きっと同じ時間が続くだけ。
 手元の缶コーヒーを両手で小さく投げあいながら、もう一度ヒカリちゃんに同じことを聞いた。

「そろそろ帰らない?」
「……イヤ」

 すんと鼻を鳴らし、返ってきたのは先程と全く同じ答え。
 思うようにならない空気を払うように息を吐き、缶コーヒーをようやく開けた。

「あまり遅くなると太一さんが心配するよ」
「こんな顔見られたくない」

 ぎゅっと唇を噛み、よくやく乾いた涙が再び溢れないよう眉を寄せる。
 あたりは暗くなり始め、影を落とした表情にさらに影を映し、見ている僕までツラくなる。
 決意を固めるように、缶コーヒーを一気に飲み干す。
 暖かかったはずの中身はもう冷蔵庫の中に入っていたかのように冷たくなり、その冷たさと苦さに頭の中が静かになっていくのを感じた。

「そんなにアイツのことが好きだったの?」
「……初めて、男の子がカッコいいと思った。話せたら嬉しかったし、笑顔をみるだけで幸せだったの」

 今日、ヒカリちゃんは人生初の失恋をした。
 相手は、どちらかと言えば大人しく、あまり目立つ方ではないクラスメート。
 ヒカリちゃんが恋をしていると知ったのは偶然だった。
 偶然、二人でいるところを見てしまったのだ。
 僕の前では見せたことの無いはにかんだ笑顔。微かに染まった頬。嬉しそうに緩む瞳。幸せを隠しきれない口元。ひと目で恋をしているとわかる女の表情だった。
 あの日、恋するヒカリちゃんを見て、心が冷えていった感覚を今でも覚えている。
 あえてヒカリちゃんが恋していることを見抜いたことを伝え、秘密を守る代わりに恋の相談役へと収まった。
 自分ではない男の話を聞かされ、幸せそうな笑顔をみるのはツラかったけど、ヒカリちゃんは誰にも言えない話を聞いてもらえることが嬉しいようで、恋の相談役というポジションになってから前よりも一緒にいる時間も多くなった。
 ――周囲を誤解させるにはちょうど良かった。
 すぐにヒカリちゃんは僕と付き合っているという噂がたった。
 もともと僕たちは仲が良かったから、前から付き合ってるという噂が無かったわけじゃない。今までは、ヒカリちゃんのために周囲に誤解させないように気を使っていただけだ。
 ヒカリちゃんは僕との噂にはただの友達と否定し続けたけど、僕は告白されれば「もう決めた人がいるから」とヒカリちゃんの存在を匂わせ、付き合っているのかと聞かれれば何も言わずに笑顔を返すだけにした。
 あっという間に二人は付き合っているけど、ヒカリちゃんがそれを隠したいのだという確信を持った噂が広がり、定着した。
 今日、ヒカリちゃんが告白したクラスメートは、ヒカリちゃんと付き合ったことで、周囲に僕と比べられるのは耐えられないと断ったらしい。
 賢明な判断だ。僕よりもヒカリちゃんに相応しい男なんているわけがない。
 飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に投げ、綺麗な弧を描いて中に入ったことを確認してから、ストレッチをする振りをして立ち上がった。

「誰かをカッコいいと思ったのは初めてだったんだ?」

 今にもまた泣き出しそうな声で肯定することが悔しくて、ヒカリちゃんを閉じ込めるように、ベンチの背に両手をつく。

「ねぇ、じゃあ僕は?」
「え?」

 わずかな警戒もせず、無防備に見上げた唇に唇を重ねた。
 驚いて体が固まってる隙に、頬に手を添え何度も角度を変えて啄む。
 甘い。頭の芯がしびれるほど甘い。
 歯列をなぞり、唇を割って舌と舌が触れた瞬間、ヒカリちゃんはいやと声をあげ僕を引き剥がした。

「……どうして?」

 いまだ僕の腕の間に閉じ込められたまま、ヒカリちゃんは怯えた声で僕に聞く。

「好きだから。ヒカリちゃんのことずっと好きだった。僕たちは一番仲のいい友達だけど、僕は一人の女の子としてずっとヒカリちゃんが好きなんだ」
「……いつから?」
「多分、出会ったときから」

 いつから好きだったかなんて覚えてない。気づいたらヒカリちゃんは僕の一番で、一番大切な女の子だった。
 大切だからこそ、ヒカリちゃんの気持ちを一番に考えてきた。僕の気持ちをずっと隠してきた。だけどもう、そんな自分を終わりにしたい。もう二度、僕以外の男を見てほしくない。

「……私、ずっとタケルくんに酷いことしてたんだね」

 俯いた瞳から涙がポロポロと溢れだす。慌てて顔をあげさせ唇でぬぐうと、ヒカリちゃんは余計に激しく泣く。

「泣かないで。僕はヒカリちゃんに謝ってほしいわけじゃないんだ」

 一人の男として見てほしい。ヒカリちゃんの唯一の男になりたい。望みはただそれだけ。
 取り出したハンカチを差し出すと、ヒカリちゃんは素直に受け取り、自分が振られた悲しみで流したよりも多く流した涙を拭いた。

「タケルくんの気持ちは嬉しい。でも今は、振られたばかりでそういうこと考えられない……」

 僕の腕に閉じ込められ、視線を彷徨わせる姿にピンときた。
 ヒカリちゃんは真面目だから、振られてすぐに別の男を好きになるのはいけないことだと思って断ろうとしているだけで、ようやく僕のことを男として意識しだしたんだ。
 僕の中から黒いものがこみ上げ、口の端があがったのがわかった。

「失恋を忘れるには新しい恋が一番って言うよ」
「でも……」
「僕を少しでも好きなら、それはもう恋だ」
「えぇ!」
「それともヒカリちゃんは僕が嫌い?」
「き、嫌いなわけないよ!」
「じゃあ、僕のこと好きだね」 

 パクパクと何かを言いかけたあと、ヒカリちゃんの顔が真っ赤に染まり、頭から湯気が出てるかのようにしおらしく俯いた。

「うん……多分、好き」
「多分はいらないよ。好きだけでいい」
「ん……好き」

 ヒカリちゃんから出た『好き』の言葉に、頬が緩むのを止められない。

「……いいように言いくるめられた気がする」
「細かいことは考えなくていいよ。僕もヒカリちゃんが好きだよ」

 目を合わせてニッコリと微笑むと、ヒカリちゃんは僕に向かって、はにかんだ笑顔を向けた。

「僕がずっと守るから……」

 再び重ねた唇はもっと甘く、おずおずと応えてくれるのがたまらなく愛おしい。
 好きだよともう一度言うと、次はヒカリちゃんから唇が重ねられた。




cup 寒い日にアイスクリームを

2018.10.13 Sat

 女の子はたまに理解不能な行動をとる。
 寒空の下、冷たい風に吹かれながらヒカリちゃんはベンチに座り、手に持ったアイスクリームの蓋を開けた。

「いっただきまーす!」

 あーんと大きくあけた口にプラスチックのスプーンを入れ、伝わる冷たさに耐えるように目をぎゅっと閉じる。

「んー! 美味しー!」

 寒い日に寒い場所で冷たいものを食べる。僕には理解できなくても、ヒカリちゃんにとってはとても楽しいことらしい。
 ちゃっかりと奢らされた、少し高めなアイスの期間限定の味にヒカリちゃんは舌鼓を打った。

「なにもこんな寒い日にアイスなんて食べなくてもいいのに」
「この良さがわからないなんて、タケルくんかわいそー」

 少しの心配と呆れ混じりでヒカリちゃんの隣に座ると、ちっとも可哀想と思ってない声でヒカリちゃんが嫌味を返す。
 はぁとため息をつき、一緒に買った缶コーヒーの栓を開けた。

「タケルくんだって、まだ中学生なのにオヤジ臭いじゃない」

 暖かい缶コーヒーを煽る姿を見て、ヒカリちゃんがニンマリと笑う。
 ノートが無くなったから買おうと学校帰りにコンビニに寄ったら、会計の際にヒカリちゃんが高めのアイスをさっと出してきて一緒に買わされた。
 なんだか悔しいからレジ横にあった缶コーヒーも一緒に買ったけど、オヤジ臭いとは心外だ。

「寒いときに寒いもの食べて……体壊すよ?」
「大丈夫だもーん」

 僕の心配なんかよそに、ヒカリちゃんは至福の表情でアイスを口に運ぶ。
 美味しそうに食べている姿を見ているだけで、僕の表情も自然と緩む。

「一口ちょうだい」
「いいよ」

 開けた口に、ヒカリちゃんが掬ったアイスが運ばれる。パクリと口を閉じスプーンを舐め取ると、冷たさと濃厚な甘さが口いっぱいに広がった。

「どう?」
「悪くないかも」
「でしょ! 冬はこの濃厚さがいいのよね」

 自分の楽しみが共有出来たことで、ヒカリちゃんはより一層嬉しそうにアイスを食べる。
 幸せそうな横顔を眺めていると、視線に気づいたヒカリちゃんがこちらを振り返り、恥ずかしそうにはにかんだ。

「もう一口、いる?」

 差し出されたスプーンに顔を近づけ、パクリと食べる。口の中に入れられたアイスはさっきよりも溶けていて、もっと甘い。

「美味しいね」

 ヒカリちゃんがスプーンを引き出すときに唇についてしまったアイスを親指で拭き取りながら言うと、ヒカリちゃんの頬が急に赤く染まった。

「わ、わかってくれたのならいいのよ」

 さっと顔をそらして、誤魔化すように一心不乱にアイスを口に運ぶ様が可愛い。
 隣に座った距離を詰め、ヒカリちゃんの顔を覗き込む。

「な、なに?」
「アイスのお礼、まだしてもらってないなと思って」

 顔を近づけたことで焦るヒカリちゃんにニコリと笑い、ふっと唇を掠めて自分と反対側の頬にキスをした。

「アイス代は確かに」

 ゆっくりと離れてからウィンクをすると、固まっていたヒカリちゃんの顔が面白いほど真っ赤になっていく。
 可愛いなとニヤニヤと緩む口元をそのままに眺めていると、僕に見られていることにヒカリちゃんは目を泳がせ、やがて泣き出しそうに目を潤ませた。

「タケルくんのいじわるっ」

 眉根を寄せ、口を少し尖らせる困ったような横顔がたまらなく可愛い。
 ごめんねと素直に謝り手を握ると、ヒカリちゃんの手は少し冷たくて、冬が訪れてきていることを実感した。




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